【限りある命、何のために使いますか?】
こんばんは。ALL Japan理事の平子めぐみです。
8月はお盆を迎え、ご先祖様や「いのち」に思いを巡らせる季節です。
私自身も今年の6月、大変お世話になった方との突然のお別れを経験し、あらためて「無常」という教えの意味を考えさせられました。
無常とは「すべてのものは変化し続け、永遠にそのままでは存在しない」という真理です。
私たちは「人生には終わりがある」と知っているはずなのに「明日も当たり前にやってくる」と思いながら過ごしています。
以前、ゲシェ・マイケル・ローチ先生がこんなお話をしてくださいました。
「私たちが自分の足で歩き、学び、誰かを助けることのできる時間は人生の中でほんのわずかしかない。だから、まだ歩けるうちに誰かのためになることをしなさい」
さらに先生はとても印象的なこともおっしゃいました。
「限りある呼吸を、嫌な人のことを考えるために使うのはもったいない。あなたの人生には素晴らしい人もたくさんいる。その人たちのことを考え、その人たちのために時間を使いなさい」
私は、この言葉が胸に深く残りました。
人生が有限だからこそ、「何をするか」だけではなく、「何に心を向けるか」も、とても大切なのだと気づかされたのです。
もし今日が人生最後の日だとしたら、本当にその怒りや不満は大切でしょうか。
本当に後回しにしてはいけないことは何でしょうか。
古代の叡智は2500年以上前から、「限りある命だからこそ、本当に価値あることに時間を使いなさい」と教え続けています。
私自身も、この出来事を通して、「いつかやろう」ではなく、「今日できる善いことを今日やろう」と心に決めました。
私たちは、お金や地位を持って旅立つことはできません。
しかし、人にかけた優しい言葉、誰かのために流した汗、そして積み重ねた善い行いは、未来へと続く種になります。
このお盆の時期、ご先祖様に思いを馳せながら、「限りある時間を、自分は何のために使いたいのか」を静かに問いかけてみませんか。
その答えを今日の一歩につなげることこそ、古代の叡智を学ぶ本当の意味なのだと、私は感じています。




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